nakasan歌っちゃえばイイじゃん♪スーツとか着てさ」
「なんか言葉に説得力あるしさ、良いと思うよ」
下北沢のはずれにあるガラス張りのライヴバーで数ヶ月前にやはりこの場所で
共演した女性シンガーソングライターが言った。

2004年の秋、私は蝉という女性Voを中心にしたバンドでギターを弾いていた。
バンドは上り調子、自分が歌うなんて夢にも思っていなかったが
この時言われた言葉はなぜか頭の片隅に残った。
明けて2005年の夏、
冒頭の言葉はあっさりと現実のものとなった。
バンドの番外編としてVoと私の二人「田中田」でブッキングしていたライブがあったのだが
Voから体調不良のため出演できないとライブ前日に連絡がきた。
体調不良の原因は妊娠。症状はつわりである。
数ヶ月前から懐妊の報告を受けていた私はこんな事を考えていた。

1. 妊娠、出産、子育てという事は少なくともむこう3年間はバンドとしてフルに活動する事はできない。
特に妊娠中はつわりさえ収まればある程度活動する事ができるであろうが
出産後1年間は殆ど無理であろう。

2. 高校生の頃からバンド活動をしていた私は
バンドを維持する事に消耗していた。
それでも音楽活動は継続していきたい。
ここで重要なのは継続という事である。
今までのようにバンドがポシャって1.2年セッション等水面下で活動するような事は絶対避けたい。
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そんな風に考えていると
冒頭の言葉が私の中でどんどん大きくなっていくのである。
今回の事を乗り越えたとしてもこのまま他人に依存(バンド形態)していたら
また自分以外の人間の都合で音楽活動ができなくなる。
ならば自分で歌うしかないのではないか。。。と。
ライブ前日に出演できないとの連絡を受けた私は
出演キャンセルをせずに「弾き語り」自分一人で出演する事に決めた。

初めての一人ぼっち「弾き語り」デビューの朝、
事情を話して相談していた冒頭の女性シンガーソングライターは
「アハハ~私の思い通りになったねぇ♪ガンバッテね~♪」
竹芝桟橋からメールをよこし八丈島で予定されている演奏をのため旅立った。
って見に来ないのかよっ!?
あー不安。

「弾き語り」デビュー、死ぬほどビビッた。
なんといっても初体験である。
そしてものすごく消耗した。
出番が終わった後頭が痛くいくら酒を煽っても酔わなかった。
でも、これでこれからやっていけると思った。

私達が作るものだから悪いものになるワケがない

2008年の春、立川の居酒屋でまたしても冒頭の女性がこう言い切った。
今度は私も100%同じように考えていた。
Shortmovie’sプロジェクト(当時はナカプロ)のスタートである。
冒頭の女性とは言うまでもなく
今プロジェクトのプロデューサーhirokophoneだ。

~短い映画ができるまで 1に続く~